渋沢栄一とは、日本の産業が発展する為、国民みんなが豊かになる為に尽力を注いだ人物です。
関わった主な企業に、帝国ホテル、日本製紙、キリンビール、東洋紡績、東京海上保険会社等本当に有名な会社ばかり挙げられます。
そんな渋沢栄一は「経営の神様」とまで言われていた人物です。
そんな渋沢栄一と岩崎弥太郎は生涯にわたって戦いを繰り広げたと言われています。
事の始まりは明治11年の8月、岩崎弥太郎が主宰した舟遊びに渋沢栄一が主賓として招かれた事に始まります。
渋沢栄一が岩崎弥太郎の経営思想である三菱商事の社規を批判したそうです。
岩崎弥太郎は、起業家として有名で三菱商事も会社と言う組織体制を取っていました。
しかし精神的な部分としては、組織体制を否定していたと言われています。
対して渋沢栄一は、合本主義や経済道徳合一主義を取っていた事から、岩崎弥太郎の個人営利主義的な考えに同意する事が出来なかったそうです。
こう言ったやり取りが、舟遊び上で繰り広げられていたのですが、一応仲裁が入り万事休すと言った状態になったそうです。
しかし岩崎弥太郎と渋沢栄一の間には深いヒビがこの時入ったと言います。
ここから戦いが始まるのですが、先ず仕掛けてきたのは岩崎弥太郎率いる三菱商会でした。
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